演出ノート

自然の猛威に翻弄され、人間の力など及びもしない状況に曝されるニュースに触れるたびに、ニュースを見聞きするだけの自分がたまたま幸運な立ち位置にいるのだと思うと同時に、明日は我が身に降りかかる出来事なのだと感じ、背中が寒くなります。何より南海トラフ巨大地震がいつ起きてもおかしくない状況にあるとすれば、東日本大震災の津波によって海に流された数々の日常は、まさしく明日の高知の風景と何ら変わらないものでしょう。あるいはまた、新型コロナウイルス感染のために、突然大切な家族との別れが訪れることとも重なり、ままならない人の命は、何と無常なことでしょう。

不条理な出来事をそのまま受け入れなければならないとすれば、私はどういう覚悟をしていなければならないか、どんな心構えでいれば絶望的な状況を受け止められるのか、そんなことを考えます。

このものがたりは、家族を次々と海で失う一家の話です。

明日は自分がこの母親のような悲しみを背負う立場になるかもしれない。

命を奪い去る不条理な脅威に対して、人は諦観し、ただ祈るしかないのか。その瞬間を私たちはどのように迎えるのか。台詞を語る俳優の身体の中に立ち上げてみたいと思います。

演出：西村和洋

ものがたりと作品について

アイルランド西海岸の絶海の離れ島で暮らすモーリアは、舅と夫と4人の息子をことごとく海の事故で失くし、残る男は末息子のバートリーだけとなっていた。行方がわからなくなっていた５番目の兄マイケルの遺体が見つかったらしいと妹のノーラが彼の遺品を持って帰ってくる。バートリーはこれから船に乗って本島へ出ようとしているが、外は強風が吹いている。老いた母モーリアは最後の息子を引き留めようとするが、バートリーは耳をかさず、海へと出て行ってしまう──。

1904年、ダブリンにて初演。絶海の孤島で、夫や子どもを次々と海に奪われていく老母の姿を描いた悲劇。

作者について

ジョン・ミリントン・シング （John Millington Synge，1871年4月16日－1909年3月24日）

アイルランドの劇作家・詩人・小説家、フォークロリスト（民俗文化研究者）。

アイルランド文学復興運動とアベイ劇場設立者の一人として知られる。パリで詩人イェーツに会い、その忠告に従って1898年故郷へ帰り、アイルランドの西の離れ島イニシュモア島（アラン諸島）に渡って民衆の間で生活し、その歌や物語を集録した。「クルミやリンゴのような風味のある」民衆の想像力とそのことばを、散文詩にまで高め、「現実と喜び」を舞台にのせることに成功した天才的劇作家である。

おさらい会について

Authoring Theatre Company おさらい会は、2015年高知市にて発足。「舞台芸術で地域をステキに変える」というミッションを掲げ、作品の製作と上演による「Creation LAB.」と、演劇的手法によって社会的課題にアプローチする「Application LAB.」を試みながら活動しています。

2016年夏、シアターTACOGURA（高知市）の藤岡武洋の演出による『お國と五平』作／谷崎潤一郎に山田憲人と西村和洋が出演。同作品で「利賀演劇人コンクール2016」へ出場し、出場団体中三位に相当する奨励賞を受賞しました。

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